大学生がこの世で一番美味いのは家族で食べる母の飯だと気づいた話。

僕は今風邪を引いています。

家に食べ物はあるのですが、調理する気力がわきません。というか、美味しいご飯というものをここ何ヶ月か食べていない気がします。

最近はたまに自分で飯を作るのだけれど、何故か美味しくない。

自分で作った飯ってなんであんまり美味しくないんでしょうか?特に最近。それなりの労力をかけたものもあるはずなのに全然美味しくない。

そうなるとだいたい作るめんどくささと片付けるめんどくささを考えて、外食に行っちゃう。僕の場合お金がないのでだいたい松屋に行くんだけど、定期的に美味しく感じられない日があります。必ず。食べ物そのものを受け付けなくさせる不味さを感じる日があります。

不味い牛丼がまずい理由

今日食べた牛丼はまずかった。僕が外食でご飯を残したのは初めてかもしれません。とにかく食べていると、お腹が詰まったような感じがして、気持ち悪くなってご飯を受けつけなくなっちゃいます。なんとか食べようと20分ほど食べ続けたが、食べきれなかった。でも、なんてこんなに不味いのかが分からない。

僕は本当に久しく美味しいご飯を食べてない。最後に満足感のあるご飯を食べたのはいつだろう?と考える。すると

「あ、実家に帰った日だ」

と気づく。家族皆で久しぶりに宅を囲んで、母の料理に皆でがっつく。あの時のご飯は本当に美味しかった。そう思いました。僕にとって幸せな料理は「母のご飯」だったのだ。

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一番うまいのは母のご飯

小さい頃にはこんなこと考えもしなかった。

母の出す料理はだいたい父か兄の好物が多く、好きな料理もあったけど嫌いな料理も多かった。

昔の僕はとにかく洋食が好きで、魚料理などはあまり好きじゃなかった。なので、魚が好きな母の出す料理はどうも好きになれないことが多かった。毎日ハンバーグやカレーでいいじゃないかなんて考えていた時期もある。

少し大きくなって高校生くらいになって、母たちの食の好みに少しずつ自分の好みがあってきてからは、段々と「母の料理は美味しい」と思うことも増えた。けど、それは本当の意味で母の料理をありがたがっていたわけではなかった。月並みだが、そのありがたさがわかるのは、母の料理が目の前から消えたあとだった。

一人で食べる飯はまずい

大学生になり一人暮らしを始めてから、皆とワイワイガヤガヤすることが増えた。

夜飲み会をしたり、何かにつけてご飯を食べに行ったり、遊んだあとに飲んだり、気づけば誰かとご飯を食べていた。

しかし、僕は久しぶりにしっかりと風邪を引いた。熱が高く、動けない。人に会おうにも感染してしまう危険があるので下手に会えない。料理も作れない。

でも食べないとますます悪くなるから、どこかに食べに行く。でも、どこに食べに行ったところで、一人なことに変わりはない。とりあえずの栄養補給と辿り着いた松屋で牛丼を食べながら、僕は気づいた。

「一番不味いのは一人で食べる飯だ」

だから、家族で久しぶりに宅を囲んだときの飯はあんなに美味しかったのだと。もちろん母が丹精込めて作ってくれたからというところもあるが、それと同じくらい、家族みんなで卓を囲めることが僕にとっての喜びだっだ。そのことに気づいた。

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誰かと卓を囲もう

僕は大学生になる過程で、実家を離れた。実家で母や家族と食べていたご飯から離れた。

僕のように大学生になるときだったり、社会人になるときだったり、あるいは単身赴任をして一人でご飯を食べざるを得なくなったり、一人で食べる飯にはいろんな理由があると思う。時にはそうなってしまうことは仕方ないことだと思う。

けれど、絶対にそんな生活を続けないでほしい。大げさだが、一人で飯を食べ続けることは身を滅ぼす。宅を囲む相手がいないなら、探す努力をしてほしい。

絶対に。

1人で心のどっかで寂しさを抱えながら食べる飯は、どんなものよりも不味く、僕らのからだと心を蝕むものだからだ。

だから僕は将来絶対に一人で飯は食わない。

みなさんも気をつけて。