個人のテキストメディアとSEOのオワコン化と今後の生き方について

MacBook Pro on table beside white iMac and Magic Mouse 運営報告

Googleのコアアルゴリズムアップデートから1か月が経ちました。

検索順位は全く戻る様子がありません。

今までさんざん言われてきましたが、個人でテキストメディアを運営したり、あるいはそれをスキルとして売ったりして世渡りしていくのは難しいのかなと思うようになりました。

今回は、「SEO、特にテキストメディアを中心としたSEOは完全にオワコン化したので、他のところに注力していこうと思います」という話を書いていきたいと思います。

アップデートの話は下記記事にて。

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個人ブログは終わった

この1か月間、アプデで下がったアクセスが戻るかどうかをしばらく傍観していました。

記事自体も書きたかったので書き続けました。

しかし、見ている限り個人のメディアが復活するようなことはもうなさそうです。あるとしても、復活に期待するのはやめた方がよさそうと判断しました。

記事は書いても書いても順位が付きませんし、順位がつくのはライバルがほぼいないニッチなワードだけ。

個人ブログに以前のようなアクセスが戻ってくるようなことはもうなさそうです。

アフィリエイトは今までになくコスパの悪い戦いになっています。運ゲーというか、無理。

歴戦熟練のアフィリエイターが死ぬほど努力してようやく少ないパイにありつけるような状況です。

そんな中で初心者や片手間副業マンがちょちょいとやって稼げるような時代ではありませんし、頑張っても大半の人は報われません。

個人メディアで簡単に稼げる時代は終わりを告げました。

SEOにコミットする時代は終わった

また、個人のテキストメディアだけでなくSEO全体もオワコン化していると思います。というのも、以前と比べてウェブサイトの資産性が全く感じられなくなったからです。

いくら頑張って施策を打って上位に表示できても、3か月ごとに奈落の底へ叩き落されるような状況では、「ブログは不労所得」だなんて到底言えません。

もちろん以前だってブログが完全な仕組み所得だったかというと全然そんなことはなかったんでしょう。それはわかります。

でも、今は違います。集客をSEOに頼っているメディアはどれも、既存の集客経路が一瞬で崩れ去ることにおびえています。

僕がブログを始めた2016年頃はこんなことはありませんでした。検索順位がこんなに頻繁に乱高下することは稀で、少なくともホワイトな運営方法をしていればいきなり叩き落されることはありませんでした。僕自身も、ブログの資産性をある程度信じていました。

しかしSEO集客にこれだけ安定性がなくなった今、SEOは労力の割にとてもコスパが悪すぎます。

「ものすごい手間はかかるけど長期間自動で動いてくれる」ことがSEOの強みだったのに、「ものすごい手間がかかるうえ大した旨みもない」へ、変わってしまいました。

限りある自分の時間、リソースをSEOに注ぎ込むことは、いよいよ時代にそぐわないコスパの悪い頑張り方になってしまったように思います。

これからの方針

結論から言うと、安定した業界でサラリーマンになりたいです。

最初は、Web関係に就職して頑張ろうと思っていました。ブログをやってたことや、将来性を感じたことが理由です。

ブログを頑張ってみたのは、時代に合ったやり方に思えたからです。時代に乗ることは、自分の能力以上の成果を出す最善の方法だと思っていました。

そういうイケイケどんどんな業界に飛び込むことが、自分にとって一番いいキャリアだと思っていました。

しかしブログを通じて、そうしたキャリアの脆さ、危うさを学びました。

SEOのように流行り廃りの激しい業界は、個人でも稼げる代わりに

  • 競争が激しく
  • 陳腐化が速く
  • 精神的にきつく
  • 運とタイミングがモノを言う

こういう側面があるんですよね。

おまけにコロナ禍で、

  • 流行り廃りの激しい業界は最悪無くても生存に関係ない産業なので、不況に弱い

ということも学びました。SEOコンサルが居なくても野菜は作れるし、家は建てられます。食べて寝るのには困りません。我々は生きていけます。

でも、ご飯を生産してくれる人がいなかったら、コメを運搬してくれる人がいなかったら、家を作ってくれる人がいなかったら、我々は生きていけません。

不況になって真っ先に切られるのは、なくても死なないものです。金がなければ映画は見に行きませんが、金がなくても食べ物を買わなくなる人はいないでしょう。

こんなこと、ブログをやる前は知りませんでした。

…話がそれましたが、結局精神的に安定して生きるためには、安定して需要のある業界に地に足をつけ、その一方で余剰資金を使って流行に乗って金を増やす努力をするのが一番いい方法ではないかという結論に至りました。

なので当面は地に足ついた需要のカタい業界で、サラリーマンとして生きていく方法を模索したいと思います。

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サラリーマンが良いというと

「自由に生きるほうがいい!」

「サラリーマンは奴隷だ!」

みたいなこと言う人いますが、結局仕事というのは多かれ少なかれ面倒くさいことをやるものです。ヒカキンだって面白そうにやってるけど、やってる本人にとってはメンドクサイと思います。

動画撮らなくても生きてけるなら多分彼らは撮らないでしょう。もし撮るとしても、あんな視聴者ウケを狙った動画を撮るんじゃなくて、ボイパの動画撮るんじゃないでしょうか。たぶん。

好きなことで生きていく、って、結局人間としての役割を放棄しようとしているだけなんだな、と思います。

皆がめんどくさいことを頑張るから、人間社会は成り立ってるんだよ、なんて当たり前のことに、僕は最近気づいたのでした。

もちろん程度問題なので、自分にとって「比較的めんどくさくないこと、比較的楽にできること」をやることは大切だと思いますが、それ以上は単なる逃げじゃないかと思います。

ということで、近況報告でした。働きたいです。

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