アメリカ住みの友だちと話して感じた日本学生の問題3つ!

こんちはっ!大学生ブロガーのMabiです。今日は僕の個人的な話です。

僕は今のところ、いわゆる「普通の人生」を送っています。小さい頃からいい高校、いい大学を目指すこと以外に選択肢がなく、とりあえず日本で「いい大学」を目指す道を歩んできました。

そんな僕とは違い、僕の友人の一人に訳あって今はアメリカで暮らしている友達がいます。とても仲のいい友達なのですが、今日、久しぶりにLINEでその友達と話しました。アメリカにいる友達と100分近く喋っていても余計なお金がかからないなんて、すごい時代になったんだな、と感じます。

その友達と話をしていく中で、日本でぬくぬくと生活している僕との違いにハッとさせられることがたくさんありました。向こうでもそんな感じなのか、と安心する部分もあれば、そんなことをやっているのかと感心することもたくさんあります。今日はそこで僕が感じたことを大学生ならではの視点から語っていこうと思います。

海外に住む友達に言われハッとした言葉

「買い物に行く時間なんてないよ。勉強の時間がなくなるし」

これはその友達の普段の生活について聞いたときのことです。会話はたしかこんな感じでした。

私「普段どっか行ったりしないの?」
友「学校と家とを往復する以外に出かけることはあんまりないよ」
私「ほんと?何処にも?」
友「だって時間がないから」
私「課題とか勉強のため?」
友「そうだねー」
私「まじか」

衝撃でした。彼も今は向こうで大学に通っているのですが、僕が知っている日本にいた頃の彼は少なくとも勉強が好きではありませんでした。彼は知識欲は旺盛でしたが、学校のように好き嫌いまんべんなく勉強するのはあまり得意ではありませんでした。

しかしそんな彼が今となっては「帰りに何処か寄り道する時間などない」と家に直帰し、時間を惜しんで課題をやっているのです。授業もろくすっぽ出ずに、長いこと真面目に勉強していなかった僕はハッとさせられました。

彼は未だに勉強自体は大変で好きではないのかもしれませんが、学校の課題の他に試験の勉強もしなくてはいけないこともあってか、勉強時間はそれでも足りていないようでした。

彼の行っている大学はいわゆるコミニティカレッジだと思いますが、アメリカの大学生は、いわゆるいい大学の人もそうでない人も、みんなこんな風に勉強する日々を送っているのかと思うと、日本の大学生も見習わなくちゃいけないなと思いました。

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「日本の国立大の学費はマジで安い」

僕はそんなこと全然知りませんでした。日本の大学の学費なんて考えたことがなかったからです。いや、正確に言うと知ってはいたけど自分のこととして考えていなかったのです。
僕みたいなテニスバカで、勉強の時間を削ってブログ書いているアホたれ大学生のために親は学費として月に4万円くらい払ってくれています。

でも、僕はそれを自分のこととして考えず、しっかり受け止めていなかったから、月に4万円の学費が高いのか、安いのかについて考えもしませんでした。

この月4万円という学費は、アメリカと比べると全然安いそうです。単位を1年にしてみるとこんな感じです。

日本→50〜100万円/年
アメリカ→100〜500万円/年

全然違いますね。日本では国立大学だとだいたい50万円/年、私立大学で100万円/年くらいです。(学部などにもよりますが)

これを見ると、いっさいお金の心配をせずに日本の国立大学に行かせてもらっていることがどれだけありがたいことかわかります。

アメリカでは50万円/年どころでない学費がかかるため、奨学金などをもらってなんとか大学に行っている人もたくさんいます。そんな人たちも、自分の意思で大学を選び勉強しているのです。

僕は、今まで暇さえあればテニスばかりしてろくに勉強をしてこなかったことを恥ずかしく思いました。こうして遊んでいるだけでは、親に毎月10数万円負担してもらってるのに僕の大学生活は何も生み出さなかったことになります。

4年間で数百万円をドブに捨てているのと同じことです。

何も生み出さない大学生活がいやなら、何をするのが一番大事かを考え、見極めて今すぐ行動しましょう。それが勉強だと思うなら、勉強しましょう。

彼と話していて感じたこと

彼と話していて思ったことがもう一つあります。それは

日本の学生はあまり議論をしない

ということです。これを実感を伴って感じました。

彼は前々から情報のアンテナが高い人でした。特にニュースを見るのが好きで、僕が知らない海外の内戦に関するニュースなどを拾ってきては解説してくれるような人でした。

なので今でも彼と会話をするたびに、国内のニュースや海外のそれについて聞かれます。しかし、何らかのニュースを取り上げて、彼に「どう思う?」と聞かれるたびに答に詰まる僕。意見をひねり出そうにも、考える軸が僕の中にない、そんな感覚でした。

「ああ、自分は今まで議論を全くしてこなかったんだな」

と思いました。

通常、議論というのは、自分の意見を他の人の意見と衝突させることで、より高度な内容に議論を発展させていくべきものです。

ですが、議論にあたって最初にあるべきものとされている自分の意見は、いきなり自分だけで考え、作り出せるものかというとそうでもありません。他の人の主張と自分の考え方とのぶつかり合いの中で形成されるものです。

↑こんな感じです。倫理の授業で見たことあるかも。

例えば、セブンのおにぎりが大好きなAさんがいるとします。Aさんはセブンのおにぎりしか食べたことがありません。そこにローソンのおにぎり大好きなBさんが来て、Aさんにローソンのおにぎりを食べさせます。ローソンのおにぎりの美味しさに感動したAさんはローソンのおにぎりが一番いいと思うようになります。つまり、知っている考え方の数だけ主張はよく練られたものになるということです。

Aさんははじめ、一つしかなかった選択肢を2つに増やしたことで、より自分の本心に近い主張ができるようになりました。これは間違いなくBさんとの議論の結果です。これが、「議論の中で自分の意見が作られる」ということです。

つまりほぼ

議論したことがない≒自分の意見がない

なのです。僕はこの状態でした。僕の周りで同じ大学生同士の会話でニュースや、政治に関わる問題が話題になることはほぼありません。話に上がるのはいつも、試合の話、テニスの話、恋愛の話、などばかり。社会の様々な出来事を議論したことがなく、主張の引き出しがないため、僕は彼との議論についていけなかったのです。

普段の他愛もない会話も悪くはないですが、これから自分たちが飛び出していく社会のことを考えると、政治や世の中に無関心ではいられないような気がします。

日本の学生も、もっと社会に関心を持つべきだと感じました。

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まとめ

まとめると

  • 日本の学生は想像以上に勉強してない
  • 日本の大学の学費は本当に安い。ありがたく過ごそう。
  • 日本の学生も社会の問題を考え、議論していくべき。その社会に出ていくのだから。

僕もアメリカ住みの友達の意見を聞くことで、何のために大学に行っているのかということを再び問い直すきっかけになりました。

僕と同じく大学生であるみなさんは、大学で何をやりたいのかはっきりしていますか?勉強でも、スポーツでも、インターンでも、バイトでもやり続けるやりがいはあるでしょう。

しかしそれらをあえて「大学生」の間にやる必要があるかと考えるとかなり疑問です。

大学生という立場を存分に活かすにはやはり勉強することが一番自分への投資になるのではないかと思った今日の記事でした。

また長くなってしまいました。それでは!